sh101's blog

シンセとラジオの40数年。

そもそもの理由。

最初のエントリーにも書いたように、僕には「絶対アナログシンセでなければ」とか、「モーグを知らずしてシンセを語るべからず」というほどの拘りはなくて、あくまでひとり遊びのツール、という認識なのであります。

だから前回まで書いたのは、あくまで思い出話以上のものでないのでござるよ。

ということで、シンセを手にした理由。
10代の僕は音楽関係の仕事に就きたいと思っておりました。
とりわけ大野雄二さんのサントラ、そこから辿ってバート・バカラックの作品が好きで、自分でもこういう作品を作ってみたいと。

Love Saves The Earth 愛は地球を救う (紙ジャケット仕様)

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でも、家には親父がどこぞの教会からもらってきた足踏みオルガンがあるだけで、しかも僕は母から「エレクトーンを習いなさい」と言われたのに「女の子ばっかで恥ずかしいからイヤだ」と断ってしまう情けなさ。つまりろくに音楽教育を受けなかったわけです。

しかも仮に楽譜が書けたとして、演奏してくれる人などいません。
当時の大野さんの作品(『犬神家の一族』『水もれ甲介』『ルパン三世』『大追跡』『大激闘』などなど)を聴かれた方はご存じでしょうが、大野サウンドには強力なリズム隊、勇壮なブラス、豪華なストリングスが必要なんです。

そんな中「どんな音でも作ることができる」と喧伝されたシンセサイザーなら、それが可能かもしれない…
なんてスイーツな夢を見つつ、中学1年生の時、母に「あのさ、エレクトーンの代わりにやりたい楽器があってさ」と持ちかけて、シンセサイザーを買ってもらえたわけです。

もちろん「どんな音でも」には完全に騙されてしまったわけですが。

作曲も含めて本格的に理想の音楽が作れるようになり、アルバイトながらも楽曲でお金を稼ぐようになるのは、リアルなストリングスやブラスを鳴らせるKORG M1を手に入れた88年以降のことで、それまではどんどん進化するシンセに飛びつき、機器を繋いでカセットMTRを回して喜んでいるだけでした。

もちろんそのおかげでオーディオ周りに多少なりとも詳しくなり、いまの職場には文系にも関わらず技術部へ配属されちゃったわけですが。

そんなわけで、単に「シンセ弄りが好き」と言ってもいろんなレベルがあるなぁということを、担当番組を通じて改めて知る次第でございます。