sh101's blog

シンセとラジオの40数年。

なるべく1エントリーで『仮面ライダークウガ』の魅力を書いてみる。

最近、シンセネタで書きたいこともあったんだけど、本業の一環で作曲などをしてるうちに、ここに書くのを躊躇してしまったので、落ち着いたとこで投稿します。

ということで、最近の忙殺される日々に潤いを与えてくれたものを書いてお茶を濁させてくだされ。

もう17年も前になるんだなぁというところで、先ほど全話観終わりました。

なぜいま頃クウガ

仮面ライダークウガ』は、今なお続く平成ライダーの第1弾。テレビシリーズとしては『仮面ライダーBLACK RX』以来10年ぶりの作品です。

当時、初期の数話は観られたものの、独身で遊び盛りだった僕にとって、日曜朝のオンエアはなかなかキツく、また録画を忘れてしまった10話あたりから「なんか、もういいか」という感じになってしまったわけです。

こうなってしまったのは、この『クウガ』が一話完結ではなく二話セットだったこと。さらには大河ドラマのように一年を通じて主人公たちの成長を描くストーリーであったことも影響していました。要は付いていけなくなっちゃったのです。

ちなみに、同様の理由で全話観直すハメになった作品に、『ウルトラマンガイア』があります。

最終回の謎

僕は『クウガ』の最終回を偶然リアルタイムで観ているんですが、これがまた問題作でした。

クウガの最終決戦から3ヶ月経て、主人公・五代雄介の相棒となった一条薫刑事が主要な登場人物の元を訪ね、決戦後に姿を消してしまった五代について語りあう内容でした。
この回には前週のダイジェストはおろか、動くクウガの姿が1カットもないという徹底ぶりのため、予備知識がないと五代雄介に何が起こっていたのかわかりません。

つまり10話から48話を観ていない僕にとって、あまりにもポカーンな内容だったのです。
DVDを借りれば良かったんですが、その頃付き纏っていた「イケメン特撮」というフレーズに、近寄りがたいものを感じ、足が遠のいてしまった次第です。

今年になって、オダギリジョーについて調べる機会があり、そこで「クウガ出演を黒歴史にしている」という噂を目にしました。
それが誤りなのはすぐわかったんですが(今も共演者との付き合いを続けており、一昨年には下リンクのドキュメンタリーにも出演)、その途端に動画で観たくなり、dtvで初回から少しずつ観直したんです。

あまりの素晴らしさに、リアルタイムで観れば良かった!と後悔する一方で、いま鑑賞しても全く古びていないことにも感激しました。

あの頃と違い、今ならレンタルのみならず、dtvのような動画配信サービスで鑑賞することも出来ます。
ゆえに、拙者のごとき諸事情で観られなかった方へ向けて、とにかくこの1エントリーで『仮面ライダークウガ』という作品の魅力を書こうと思い立ったわけです。

道徳の教科書みたいな五代雄介

この公式動画で、どんな人たちが関わって、どんな映像が作られたのか、ニュアンスは伝わると思います。

さて、何から書けば良いのか迷うところですが、一番のプッシュはオダギリジョー演じる主人公、五代雄介の異質さでしょうか。

「人々の笑顔を守りたい」という、まるで道徳の教科書のようにイノセンスな信念を持つ五代。

過去の戦士たちが掲げた「世界平和」「正義の戦い」というテーゼは、2000年代に入るにつれ、複雑な意味を纏ってしまいました。
制作者たちにとって、ヒーローが私怨を捨てて戦うためには、五代のような漠とした信念を持たせるしかなかったのかもしれません。

人々を笑顔にさせる1,999の技を会得してきた五代は、古代遺跡で見た幻影に導かれるように、2,000個目の技としてクウガへの変身能力を身につけました。
そして不安や恐怖、怒りに飲み込まれた人々に笑顔で「大丈夫!」とサムズアップを決めたのです。

例え相手が人類の敵であろうと、暴力を振るうことに「いい気分がしない」と拳をさすりながら発言する聖人ぶり。
(この描写が最終回にも反映しています)

しかしストーリーが進むにつれて、この純真さが仇となって五代の心に影を落としていく展開になります。

聖人君子ではいられない

本作の敵は、人間と同じ身体構造を持ちながら、体内に埋め込まれた石によって、肉体を戦闘マシンに変えてきた古代の知的生命体「グロンギ」。
殺戮を競い合う「ゲゲル」(ゲーム)という文化と独自の言語を持つ彼らに対し、我々人類との間に和平の道は全くありません。

グロンギには厳格な階級や格があり、回を追うごとに強力かつ残忍な敵が登場し、人類を守る戦士クウガは徐々に追い詰められます。

シリーズ中盤でグロンギに敗れた五代が心停止した際、一条刑事の友人である医師の椿から電気ショックを受け、その影響で戦闘能力が向上するわけですが、人々の笑顔を守るためには、結局暴力を使ってグロンギに勝ち続けるしかなかったのです。

ドラマ史上最低最悪の犯罪

この暴力の可否が端的に描かれたのが、34話「戦慄」と35話「愛憎」でした。
この回のゲゲルは、ゴ・ジャラジ・ダというグロンギが、高校のある学年の男子生徒90名を皆殺しにする趣向でした。

その手口は、生徒の頭部に小さな針を埋め込み、4日後にそれを変形させて脳内出血から死に至らしめるという残忍なもの。さらに死を宣告した後も生徒たちに自らの姿をチラつかせ、絶望的な恐怖と与え続けるという卑劣さ。
おそらくテレビドラマ史上最低最悪の凶悪犯でしょう。

ひとりの生徒がゲゲルの掟にない「自殺」を選んでしまったため、最後のターゲットに選ばれパニックに陥った転入生。
病院で睡眠薬と安定剤を施されて眠っていたところへ、警察の厳重な警備をかいくぐって侵入してきたジャラジ。

そこへ五代が飛び込みクウガへ変身。
間一髪で生徒は助かった(と思われる)のですが、問題はその後の戦闘シーンでした。

あまりにも凄惨な制裁

病室の窓から揉みあった状態で地上に落下する両者。
クウガマウントポジションでジャラジの顔面をひたすら殴り、踵で蹴りあげます。

口内を切って血しぶきを飛ばすジャラジは、隙をついて逃げ出しますが、すぐに捕まってサンドバッグ状態に。抵抗しようとクウガの拳を掴むものの、アッパーを喰らってダウンします。

自身のバイクに飛び乗ったクウガは、フラフラと立ち上がったジャラジに突っ込み、そのまま走り抜けます。
バイク前方にしがみついたジャラジは、自身の針で抵抗を試みますが、装甲タイプ(タイタンフォーム)に姿を変えたクウガに三たび殴りつけられます。

爽快感のない勝利

バイクを急停止させた反動で、ジャラジを湖まで吹っ飛ばしたクウガは、ソード(剣)を携えてゆっくりジャラジへ歩み寄ります。

クウガが進むカットには、五代がテレビニュースで見た被害者たちの顔写真、同級生たちが泣きじゃくる葬儀の模様がフラッシュバックします。怒りは頂点に達したのでしょう。

最後っ屁とばかりに飛ばした針も装甲に跳ね返されるジャラジ。
その間クウガはひと言も発さず強化タイプ(ライジングタイタンフォーム)へと姿を変えます。恐怖におののくジャラジの呻きだけが響きます。
ズバリ言えば処刑です。もうどっちがヒーローかわかりません。

湖水に入ったクウガは、棒立ちのジャラジを数回斬りつけて仰向けに倒すと、ソードを腹に突き刺し、弱点であるベルトの石を直接破壊します。
映像ではクウガの腕の動きによって、胃の辺りから下腹部へ向かって斬り裂いているのが確認できます。

凄まじい大爆発を起こしてジャラジの身体は四散します。

ご存知ない方に書いておくと、普段のクウガはここまで冷酷ではありません。

キックや武器で相手の身体に封印のマークを付け、封印エネルギーをグロンギ体内の石(ベルト)へと伝達させ自爆に導くのが、クウガの通常のフィニッシュなのです。

クウガが直接敵のベルトに手をかけたのは、この回ともう一例しかありません。

憎しみの先に見えたもの

太陽すら霞むような爆煙の中、五代の脳裏には真っ黒なクウガの姿が浮かびます。
これが最終形態「アルティメットフォーム」です。

グロンギの体内に「石」があると書きましたが、五代の身体(変身ベルト=アークル)にも「アマダム」と呼ばれる石が埋め込まれています。
このアマダムが、怒りや憎しみから拳を振り下ろすと、クウガはやがて戦うためだけの兵器に変貌してしまうと警告する意味で、五代に幻影を見せたのです。

闘いを終えたところへ駆けつけた一条。いつもなら笑顔でサムズアップを決める五代ですが、今回に限っては表情が読み取れず、また彼自身も湖から駆け寄ろうともしませんでした。

一条の困惑した表情からも、五代の異常を察していたことがわかります。

五代の肉体に起こったこと

アマダムの能力は、クウガに変身させるのみならず、五代の筋肉や神経系統に変化を与えたり、五代自身が戦闘時で受けたダメージを驚異的に回復させたりします。
クウガの装甲に穴を開けられたり、肩に銛が貫通して流血しても、五代の姿に戻った時にはかすり傷ひとつ残しません。

シリーズ序盤には五代が痛みに耐える描写もあったのですが、アマダムにより徐々に肉体が超人化していたようです。
この辺りは、医師・椿により回を追って解明されていきます。

ところが全話通して観ると、五代が何気ないところでつまづくシーンが複数存在していることに気づきます。
この描写はさらっと流されますが、おそらく肉体の変化に脳からの命令が付いていけてないのでしょう。

強くなった果てに

一条刑事によるグロンギの幹部「バラのタトゥーの女」への捜査、そして五代の友人・沢渡桜子による碑文の解析によって、クウガが強くなるのに伴い、グロンギの首領「ダクバ」と同じ力を持った「凄まじき戦士」すなわちアルティメットフォームになってしまうことが判明します。

碑文によれば、この変化は「太陽を闇に葬る」…つまり世界を恐怖のどん底に突き落とす可能性もあったのです。

また、クウガになった直後から五代の身体の変化を診察してきた椿は、進化の果てにダグバに惨殺されたグロンギの遺体を調べ、五代の身体もやがて人間とは別のものに変わってしまうことを悟ります。

その懸念を指摘された五代は「大丈夫です!」と笑顔でかわしたものの、ひとりになると不安げな表情を浮かべます。

平成の本郷猛・一条薫

彼の苦悩を察していたのが他ならぬ一条薫です。

警察としての使命感に燃えるがゆえに、民間人に過ぎない五代を巻き込んだことを悔いており、また終わりなき戦いの行く末に笑顔も見せず、グロンギに襲われても不屈の闘志で現場へ復帰する一条。

戦いを好まず、強く主張もせず、常に笑顔で楽観的に物事を受け止めている(ように描写される)五代とのコントラストで、一条の方が本郷猛のごとき過去のヒーロー像で描かれているのもこの作品の面白さです。

五代が「大丈夫」と答えると、「しょうがないなあ」と苦笑する登場人物の多い中、一条だけは視線を落としていることが象徴的です。

究極の闇、降臨

首領のダグバは第1話で復活し、先代のクウガからアークルをむしり取り、遺跡の研究チームを惨殺して姿をくらませた後、200体以上のグロンギを殺害し、手下にベルトを修復させて完全復活を果たします。

そして47話アバンで豪雨の中、ついにクウガと対峙します。
特殊能力によりクウガを体内から発火させ、アマダムに傷をつけるほどのダメージを負わせ、その目前で3万人を殺害します。

気のおけない仲間とスポーツでもするように殺戮を楽しむダグバ。
何もできずに悶え苦しむクウガに対し、無邪気な笑い声をあげた挙げ句「もっと強くなって僕を笑顔にしてよ」と、おぞましい言葉を投げかけます。

強くなれ、とはすなわち「凄まじき戦士」になれ、ということ。
人々を笑顔にするために強くなってきた五代が、最強の敵を笑顔にするために究極の選択を強いられるという、あまりにも悲しい皮肉なのです。

観ててください、彼の変身

果たして五代は「一条さん、俺…なります」と、アルティメットフォームへの変身を決意します。

この台詞はモノローグ的に挿入されており、どこでどのような表情で発言したものかは不明です。
しかし、五代が自分の笑顔を犠牲にしてまで、人々の笑顔を守ることを決心したことは確かです。

一条に人類の敵として射殺されるかもしれない。
人間の心を持ったまま変身できても、一度半殺しにされたダグバには勝てないかもしれない。
仮にダグバを倒せても、仲間たちと共存できない身体に変化しているかもしれない。

そんな不安もあったのでしょう。

そしてダグバとの最終決戦に勝利したら、そのまま日本を去って冒険の旅に出ることも告げたようです。
ここから五代は、彼らしい行動に出ます。

人生に大きな影響を与えてくれた小学生時代の恩師、幼いこどもとの約束を破ってまで兵器開発に尽力した科警研の榎田、世界でただ一人のかかりつけ医の椿、居候していた喫茶店「ポレポレ」、保育園で働く実妹みのりと園児たち、クウガ最初の目撃者にして同志として戦ってきた沢渡桜子のもとを訪れ、「絶対に勝つから」とサムズアップを決めて、しばしの別れを告げるのです。

一条は五代にその時間を作らせるために、ダグバ出現までの間、一切の連絡を絶っています。

一条以外の知人たちが五代の姿を見たのは、これが最後となります。

迎えた48話の最終決戦。
さらに49話の後日談。

ここまで読み進めて、クウガを観たくなった方のために、あえて結末は書かずにおきます。


※本エントリーの画像はバンダイのS.H.Figuartsを用いて作成しております。