sh101's blog

シンセとラジオの40数年。

CANDIES BEAT 早過ぎた傑作?

自分の曲ばかり聴きすぎてバカになりそうなので、解毒剤としてキャンディーズの話題をしよう。

本当にバカになったと思うなら思えばいい。キャンディーズ、いいじゃないか。

1969年生まれの僕にとって、アイドルと言えば一億総ピンクレディー状態だったのだが、ドリフはおろか伊東四朗&小松政夫をも相手に、攻めたコントを披露していたキャンディーズも捨てがたかった。

ただ、音楽面では当時(1977年頃)最高のテクニックを誇った都倉俊一氏によるピンクレディーの方が洗練されていて、どこか野暮ったい曲調の多かったキャンディーズを評価できなかったのだ。返す返すもませたクソガキである。

そんなクソガキが大学に入って間もない1989年頃、近所のレコードショップでこんなアルバムを手に入れた。

CANDIES BEATS

CANDIES BEATS

アーティスト名はCANDY POP POSSE。ジャケットの顔画像は明らかにラン・スー・ミキ。
つまり本作は本邦初・空前絶後キャンディーズのリミックスアルバムなのだ。

なんとなく話のネタに買ってクレジットを見ると、プロデューサーは松浦雅也氏。

この年の松浦氏は、正月にホラー映画の『スウィートホーム』(黒沢清監督)でフェアライト尽くしのオーケストレーションを披露したかと思えば、夏にはうっかりマスタリングでレスリースピーカーを通しちゃったかと疑うほど超ストイックなPSY・Sの『ATRAS』(個人的には最高傑作アルバム)をリリース。

その直後に手掛けたと思われる企画がこの『CANDIES BEAT』である。乗りに乗ってる一年だったのだろう。

キャンディーズと松浦氏。レーベル以外何の接点もなさそうなのだが、とにかくマルチから素材を抜いてロンドンへひとっ飛びし、現地の新進気鋭DJたちにリミックスさせちゃったのである。ジャンルとしてはハウスである。

が、いま聴くとさほどドープな感じはなく、一方でノベルティ感もない。
キャンディーズという日本歌謡界の大ネタを使いながら、マニア向けとしてもオリジナルのファン向けとしても半端な感は否めない。

ただ、個人的に大きな収穫はあった。それは松浦氏自身がミックスとプログラミングを手掛けた「SYMPHONY OF PATHOS(哀愁のシンフォニー)」である。

ハウスと呼ぶにはややスネアが出張り過ぎる(好事家向けに言えば、フェアライト感が強い)のが難だけど、原曲の雰囲気を最低限残したアレンジが施され、楽曲の良さが際立っている。

このリミックスを通じて、僕は10数年ぶりにこの曲の良さを知ることができた。意外にも、後年荒木とよひさ氏とテレサ・テンを調教する三木たかし氏の曲だったのね。

本作で松浦氏が単独で手掛けたのは、この曲と「年下の男の子」である。
後者は大ネタゆえパリピ感たっぷりで、さぞかし他のリミキサー陣の手本となったの思えるのだが、「哀愁のシンフォニー」の方はいかにも氏の好きそうなマイナー調ゆえ、譲れなかったのではないか、と邪推している。

ちなみに往年のヒット曲のリミックスやセルフリメイク物が世に溢れるのは1992年あたり以降である。
当時、既存曲のリミックスにおける成功例は、大瀧詠一氏プロデュースによる「さいざんすマンボ」程度だったと思う。

しかるにこの『CANDIES BEAT』は、当時意外なほど話題にならず、今もってキャンディーズディスコグラフィーにも掲載されていない。

ユーロビートからハウスへ、ディスコからクラブへと向かう最中、やや早すぎる作品だったのかもしれないし、あまりにもメロディアスな素材が、ハウスというミニマルの発展系サウンドとミスマッチだった気もするのよね。
UKリミキサー陣は思い入れがない分、割り切ってるようだけれど。

まあ何と言えばいいのか、坂本龍一教授がYMO第二次ワールドツアーでニューウェーブを目指しつつ、自ら作ったメロディに勝てなかったという、あの苦い体験を松浦氏も感じたのかなぁなどと思いを馳せるのであります。

最後になりますが、僕は誰が何と言おうと圧倒的にミキちゃん派である。