テルミン史が激変?検証“Good Vibrations”
素朴な愚問
「テルミンが使われた代表的な曲は?」という質問に、ビーチボーイズの”Good Vibrations”を挙げる向きも多いと思います。
ビーチボーイズが三度の飯並みに好きなボクチンも、そんな回答をしていたことがあります。
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しかし、三度の飯以上にテルミンへ熱を入れてしまうと、ちょっとした疑問が湧いてくるのです。
「こんな綺麗な音色のテルミン、どこにあるんだ?」
この曲や、同時期に録音された”I Just Wasn’t Made For These Time”(『ペットサウンズ』収録)で聴かれるテルミンのような音は、限りなく正弦波や三角波に近い、丸い音色がします。
この曲が録音されたのは1966年頃。
その頃レフ・テルミン博士から特許を取得して作られたRCAテルミンは発売から30年経っており、それ以外ではシンセサイザーを手掛ける前の若きボブ・モーグ氏が作っていたようなテルミンしか流通していなかったはずです。
RCAテルミンはクララ・ロックモアさんの演奏でもわかるように、鋸歯状波(ノコギリ波)に近い音色で、ビーチボーイズのものとは全くの別物。
モーグ氏の製品については、YouTubeにアップされた音色を聴く限りRCA社製に近いように感じます。
じゃあ、あの音はいったい何だ?
何弾いてんのマイク・ラブ
ビーチボーイズが”Good Vibrations”を演奏している、1967〜68年頃と思われるスタジオライブ映像にそのヒントがあります。
曲を作った天才ブライアン・ウィルソンは、アルバム『SMiLE』崩壊による引きこもり状態のため欠席です。
それはさておき、サビのパートでは、普段楽器を持つことのないマイク・ラブが、指を左右にスライドさせながら謎の楽器を演奏しているのがわかります。
これが一般にテルミンによるものとされるフレーズであり、レコードの音色とも一致するのです。
この映像はバンドの自伝映画『アン・アメリカン・バンド』(1985)で観たのですが、後にテルミン説が出た時に「レコーディングでは違うのかな?」くらいにしか思わなかったのですが…
Electro-Thereminとは
いろいろ調べたら、この「エレクトロ・テルミン」なる楽器に辿り着きました。
開発したのは、トロンボーン奏者のポール・タナー氏。なんとグレン・ミラー・オーケストラに在籍していた経歴があります。
そもそも電子楽器であるテルミンに、なんでまた「エレクトロ」を重ねたのかは謎ですが、ひとまず概要を和訳してみました。
Electro-Thereminは、1950年代後半にトロンボーン奏者のPaul Tannerとアマチュアの発明者であるBob Whitsellによってテルミンの音をまねるために開発された電子楽器です。
この楽器はテルミンと似たトーンとポルタメントを備えていますが、コントロールメカニズムが異なります。
木箱の中にピッチを制御するノブを持つ正弦波発生器が置かれ、ピッチノブは、箱の外側のスライダーにひもで取り付けられていました。
プレイヤーはスライダーを動かし、ボックスに描かれたマーキングの助けを借りてノブを希望の周波数に回します。
まあ、概ねGoogle翻訳なんですけども、なんとなくスライダーを動かすことで、正弦波のピッチを変化させる仕組みということはわかります。
この「エレクトロ・テルミン」は、1958年以降、テレビや映画のサントラを含む様々なレコーディングに多用されたようです。
モンド系の名盤として知られるこのアルバムでは、ジャケットにも堂々と”Paul Tanner Electro-Theremin”と記載されております。
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RCAテルミン以降存在を忘れ去られたテルミンが、1950年代からスペースエイジ・バチェラー・パッド・ミュージックや映画の効果音などで脚光を浴びた、というのが界隈の定説ではあります。
しかし60年前後にリリースされた音源には、RCAとは似ても似つかない音色のものが多くあり、長らく疑問に思っていました。
それらがタナー氏の「エレクトロ・テルミン」によるものだった、とすれば合点がいきます。
テルミンと認めるか否か
”Good Vibrations”に話を戻すと、そして研究書として信頼の厚い『ザ・ビーチボーイズ・コンプリート』(VANDA刊)において、”Good Vibrations”の録音にテルミン奏者としてタナー氏が参加していたことが掲載されています。
このセッションでタナー氏が弾いたのが「エレクトロ・テルミン」であることに疑いの余地はないでしょう。
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ポール・タナー氏と写る「エレクトロ・テルミン」と、マイク・ラブがスタジオライブで使っているものとは筐体の厚みが大きく異なります。
後者は現在のEtherwaveより遥かに薄く、オシレーターが入る余地すらなさそうですが、操作を見るに、これはリボンコントローラーの一種ではないかと思われます。
いずれにせよ、ビーチボーイズのレコーディングにおいて(誰もが認知できる形状の)テルミンが使用されなかったことは明確で、じゃあ映画『テルミン』でのブライアン出演はなんだったのかということには、この際目を瞑りましょう。
問題はひとつ。
音階の遷移がポルタメントであるものの、「エレクトロ・テルミン」は手で直接操作します。
アンテナと人体の間の静電容量をコントロールするわけではないこの楽器を、果たしてテルミンの一種と見てよいのか?
これは議論が大きく分かれそうな悪寒もします。
「エレクトロ・テルミン」を肯定すれば、テルミンの定義が大きく揺らぎます。アナログ音源をポルタメントで鳴らすのであれば、シンセサイザーも同類ですし、音作りを前提としない条件がつけば、スタイロフォンも含まれることになります。
一方でこれを否定してしまうと、楽器としてのテルミン史において、1950年代から80年代におけるほとんどの記述が(西洋におけるテルミン博士の存在同様に)失われる可能性もあるわけです。
エレクトロ・テルミンを使用した楽曲が、ジャンルとしてテルミン物に括られてしまっている以上、これを覆すには何十年もかかります。
きっと世界中のテルミンユーザーの中には、"Good Vibrations"をきっかけとした方も多いでしょうし、今もなお「あのフレーズはテルミンだ」と信じている方もいるでしょう。今さらなハナシではあります。
だったらもう、エレクトロ・テルミンもTHEREMINIも全部ひっくるめて全部テルミンにしといたらええやん、という、THEREMINIユーザーの自分的には我田引水な提唱ではあります。
Electro-Thereminのその後
時は流れ、ブライアン・ウィルソンはドラッグなどによる不健康な生活を脱し、1999年には自身最高のヒット曲”Good Vibrations”をライブ演奏するようにまで復活しました。
この動画の4:10あたりで演奏されているのは、”Tannerin”なる楽器。1999年、ブライアンのツアー用にトム・ポークという人物が「エレクトロ・テルミン」を模して開発したもので、タナー氏の名を織り込んだネーミングからもリスペクトが感じられます。
ただ、このライブなどで聴ける音色はややノコギリ波に近いようです。
それでは、タナー氏が作ったオリジナルの「エレクトロ・テルミン」はどうなったのか。
Wikipediaによれば、60年代後半に聴覚学の研究用に病院へ寄贈されたとのことです。一点モノだったんですね。
手放した理由については、シンセサイザーの登場でターナー氏自身がその役目を終えたと感じたから、とのこと。
60年代半ばにシンセサイザーの活躍の場を大学の研究室から音楽スタジオへ広げた最大の功労者が、誰あろうボブ・モーグ氏なのですから、なんとも皮肉な話ではありますな。